大判例

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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)823号 判決

控訴人 大谷時治

控訴人 大谷とみ子

右両名訴訟代理人弁護士 分銅一臣

被控訴人 兵庫県

右代表者知事 坂井時忠

右訴訟代理人弁護士 石原鼎

同 大白勝

同復代理人弁護士 井上史郎

被控訴人 姫路ボクシング協会

右代表者会長 町田充

主文

一、原判決中被控訴人姫路ボクシング協会に関する部分を取消す。

控訴人らの被控訴人姫路ボクシング協会に対する訴えを却下する。

訴訟費用中、控訴人らと被控訴人姫路ボクシング協会との間に生じた分は第一、二審とも控訴人らの負担とする。

二、原判決中被控訴人兵庫県に関する部分についての本件各控訴を棄却する。

控訴費用中、控訴人らと被控訴人兵庫県との間に生じた分は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは、各自、控訴人時治に対し金四五六万〇、三一一円、控訴人とみ子に対し金四三一万〇、三一一円、および右各金額に対する昭和四五年一一月九日から完済まで年五分の金員を支払え。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴人兵庫県訴訟代理人、被控訴人協会代表者は、それぞれ、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

各当事者の主張および証拠関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同じ(ただし、原判決一一枚目表一二行目の「一ないし四」の次に「(第一〇号証の一ないし四は昭和四六年三月一九日撮影の被告協会が使用していたグローブ、ヘッドギヤーの写真)」を、同裏四行目の「を認め、」の次に「第一〇号証の一ないし四についての原告の主張および」を、各挿入し、同裏八行目から九行目の「、第一〇号証の一ないし四」を削除し、同一〇行目の「存在とも)」の次に「および第一〇号証の一ないし四が原告主張のとおりの写真であること」を加える。)であるから、これをここに引用する。

一、当事者の主張

(一)、控訴人

被控訴人協会は淳の死亡について債務不履行の責任を負うべきものである。すなわち、同協会は淳より一定額の会費を徴してボクシングの指導をしていたのであるから、両者の間には契約関係が生じていたものというべきである。また、同協会は、昭和四四年二月または三月ごろ、兵庫県立飾麿工業高校との間で、同好会として設立された同校ボクシング部の部員の練習指導を部員一名につき金五〇〇円で引受ける旨の準委任契約を締結したものである。従って、同協会には右指導にあたり練習生の身体生命に危害が及ばないよう特段の配慮をすべき契約上の義務があるところ、同協会およびその履行補助者ないし履行代行者たるボクシングコーチがこれを怠ったため淳が死亡するに至ったのであるから、同協会は右死亡につき債務不履行による損害賠償責任を負わなければならない。

(二)  被控訴人協会

被控訴人協会に債務不履行責任がある旨の控訴人の主張はすべてこれを争う。淳は体調の不調を訴えることもなく、自らすすんでスパーリングを申し出たのであるから、同人の死亡につき被控訴人協会側の責に帰すべき事由はない。

二、証拠関係《省略》

理由

一、(被控訴人協会の本案前の抗弁について)

《証拠省略》によると、被控訴人協会はアマチュアを対象として、ボクシングの健全な普及、発達、ボクシングによる心身の鍛練を目的とし、昭和三二年四月ごろから村田作を中心としてボクシングの指導活動を開始したものであり、役員としては会長のほか、理事長および理事数名が置かれていたが、同協会の運営方法、役員の委嘱等は理事長の地位にあった村田が右指導活動に熱意をもつみずからが委嘱した理事その他の同好者との話合いにより決定していたものであって、総会や理事会を開催した事実はないこと、また、同協会は、一般人や高校、大学生等の練習希望者から一ヵ月につき金三〇〇円ないし金五〇〇円程度の会費を徴収し、姫路市から借受けた市営球場内のボクシングジムでそれらの者の指導にあたっていたが、右会費の総額はジムの使用料に充当される程度にすぎず、用具費やその他の運営費等は専ら村田の個人的出費により賄われていたこと、なお、同協会は、その指導下にある者(練習生)が国体等の公式競技に出場する場合に姫路市から若干の補助金を受けうる利便に与かるため、また社会的評価をうるため、姫路市体育協会に加盟しているが、右加盟に際し、便宜上、他のスポーツ団体の規約の字句を一部訂正したものを自己の規約として同体育協会に提出しているものの、規約の制定についても前記のとおり総会、理事会等は開催されていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、被控訴人協会に法人格がないことは当事者間に争いがないので、以下、右認定の事実に基づき、同協会が民訴法四六条により当事者能力を有する社団または財団にあたるか否かを判断する。

まず、同条にいう「法人に非ざる社団」が成立するためには、団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体として主要な点が確定していることを要する(最判昭三九・一〇・一五民集一八・八・一、六七一)ものと解される。しかるに、前認定の事実関係からすれば、姫路市体育協会加盟の便宜上提出された「規約」を被控訴人協会の規約とみることには疑問があるし、同協会の意思決定につき多数決の原則が行われていたともいえず、団体としての組織の主要な点がその運営の実際においても確定していたとは解しがたい。さらに、その構成員の資格、範囲は明確でなく、財産的基礎もないに等しいといわざるをえない。しかも、被控訴人協会の役員構成上その代表者が会長であるか、理事長であるかも明らかでない。なお、仮に、姫路市体育協会に提出された前示「規約」が被控訴人協会の規約であると認めうるにしても、その内容についての立証がない。従って、被控訴人協会につき前示法人に非ざる社団の成立要件が具備されていると認めることはできないというべきである。

次に、「法人に非ざる財団」が成立するためには、その前提として一定の目的財産の存在が必要不可欠とされるところ、被控訴人協会につきそのような目的財産の存在を認めるべき証拠はなく、前認定の事実によれば、かえってその不存在が明らかであるから、同協会を法人に非ざる財団と認めることもできない。

そうすると、被控訴人協会につき訴訟上の当事者能力を認めることはできないというべきであるから、同協会に対する本件訴えは不適法として却下を免れない。

二、(被控訴人兵庫県に対する請求について)

大谷淳が昭和四五年四月兵庫県立飾麿工業高校に入学し、同校ボクシング部に入部したこと、同人が同年一一月九日午後五時二五分ごろ、姫路市営球場内のボクシングジムで福本栄一とボクシングの練習中、福本の打撃を受けて転倒する事故(以下「本件事故」という)が発生し、翌一〇日死亡したことは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、右練習は被控訴人協会によるボクシング指導として神頭愷コーチの監督のもとに行われていたことが明らかである。

そして、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

被控訴人協会は昭和三二年ごろから姫路市営球場内のボクシングジムにおいてボクシングの指導を行っているが、その指導を受ける者の中には数名の飾麿工高生が含まれていたところ、高校生がボクシングの対外試合に出場するためには、学校内に少くともボクシングの同好会を設け、学校教諭が顧問に就任する必要があったことから、前示ジムで指導を受けていた同工高生の間に次第に同好会結成の機運が生じ、昭和四四年二月または三月ごろ、それらの者により飾麿工業高校ボクシング部と称する同好会が結成され、その顧問にはたまたま同好会の主要メンバーの担任であった安達正也教諭が右同好会員の依頼により就任し、その後、松沢一将教諭も右安達教諭からの要請により顧問として名を連ねるに至った。そして、右同好会結成後、その会員は学校長の承認を受け、顧問教諭の引率のもとに対外試合に臨んだこともあるが、日常の練習活動に関するかぎりは同好会結成の前後を通じて何らの変化もなく、従前どおり各人がそれぞれ直接被控訴人協会に所定の会費を支払い、下校後、随時、前記ジムに通って同協会による個別的な指導を受け、練習を行っていたものであって、本件事故もこのような練習中に発生したものである。

以上のとおり認められるところ、控訴人らは、被控訴人協会の指導にかかる右練習は飾麿工高の委嘱によるものであると主張するけれども、前示村田の証言によっても右委嘱があったことを認めるに足りず、他にその事実を認めるべき証拠はない。もっとも、《証拠省略》にはこの点に関する控訴人らの主張に沿う記載があるが、右各書面は淳の死亡に関し日本学校安全会から給付金の下付を求める便宜上、後日作成されたものであって、実態と異る内容のものであることが前示安達、高見、服部の各証言により明らかであるから、これらによって控訴人らの前記主張事実を認定することができないことはいうまでもないところである。

してみると、飾麿工高において、正規の教育活動に含まれる特別教育活動の一環としてボクシングのクラブ活動が行なわれていたと認めうるかどうかはさておき、本件事故はいずれにしても右教育活動の範囲を超えたところで生じたものというべきであるから、右事故について前記安達、松沢教諭を職務上の過失に問擬すべき前提を欠くものといわなければならない。なお、前示安達、村田の各証言によると、右安達教諭は時折ボクシング部員(同好会員)を集め、健康管理や素行面についての指示を与え、体調不良のときは練習をやめるよう注意したことがあるほか、時には前記ジムに赴いて練習を見学したり、被控訴人協会関係者から健康管理の情況を聞いたりしたこともある事実が認められるけれども、これらの行動は一般的な生徒の生活指導の域を出るものではなく、右事実によりジムにおける練習が特別教育活動の一環であることを根拠づけることができないことは当然というべきである。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らの被控訴人兵庫県に対する本訴請求は理由がなく、失当として排斥を免れない。

三、(結論)

以上説示したところからすると、原判決中、被控訴人協会に対する請求を棄却した部分は不当であるから、民訴法三八六条によりこれを取消したうえ同被控訴人に対する本件訴えを却下し、被控訴人兵庫県に対する請求を棄却した部分は結局相当であって、この部分についての本件各控訴は理由がないから、同法三八四条によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法九五条、九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 村上博巳 尾方滋)

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